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──冒頭に戻る。
魔女がやって来られなくなって清々したものの、これでは王子も登って来られない。
もうこの人生はジ・エンドにして、身投げでもして新たな人生にコンティニューしようかな、と思ったその夜。
ぼんやり塔の外を眺めていたら、屈強な男がのしのしと歩く姿が目に入った。
簡易な服の上に鎧のような保護具を着けた男。鎧の上からでもその体が筋肉で覆われていることが分かる。
自分よりも随分と背が高く、横幅もある。袖から伸びるたくましい腕には毛がぼうぼう。
「ドストライクだわ!!!!!!」
絶対に、あの王子と添い遂げたい。
だが筋肉王子は塔の前を通り過ぎて行こうとしている。
ラプンツェルは悩んだ。呼び止めたい。しかしここで大声を出したら、魔女に見つかる。
──そうだ。老人に聞こえない音を出せばいいんだわ!
ヘルスケア雑誌で読んだ。
ラプンツェルは、モスキート音で筋肉王子に「こっち来て! こっち来て!」と呼びかけた。
目論見通り、彼は怪しげな声に気付き、塔に近付いた。そして上を見上げ、ラプンツェルを視認した。
「王子様、わたしここに閉じ込められているの。助けてくださらない!?」
唯一の方法である長い髪はもうないものの、投げ縄かなにかでロープでも放ってもらえれば、登ってきてもらうことが出来る。
そう期待したラプンツェルだが、その後の筋肉王子の行動に目を見張った。
なんと彼は、塔の石垣をロッククライミングでのっしのっしと登ってきたのである。
ラプンツェルはあまりの雄々しいその行動に眩暈がした。
最高である。絶対にモノにしたい。
そうしてラプンツェルの元に辿り着いた筋肉王子は、彼女を見て口を開いた。
「なんじゃおめぇ、一人で住んどるのか?」
──すっごい訛ってる!!!
驚いたものの、そんなことは些末なことだと思い直した。
きっと田舎からやってきた王子様なのだ。
だからこそこの筋肉。節くれ立った指はごつごつし、二の腕などパンパンである。これを逃すわけにはいかない。
「そ、そうなんです。悪い魔女に閉じ込められていて。でもここから出たいのです」
「ほお」
「少し前まで長い髪があったのですが、切ってしまって……。でも脱出したいのです」
「鍛えりゃあええ」
「えっ」
筋肉王子はぶっとい首をぽりぽりとかいた。
「わしがやったみてぇに、塔を下りりゃあええ」
「ろ、ロッククライミングでですか!?」
「そうじゃ」
すなわち彼は、ラプンツェルも鍛えて、腕力で下りればいいというのだ。
ラプンツェルは非常に迷った。
ずっと塔の中にいた引きこもりである。自力脱出できるほどの腕力を付けることが可能なのだろうか。
彼女の表情を見て、筋肉王子は塔の窓を指差した。
「わしがトレーニングに付き合うちゃる。道具も持ってくるけぇ」
かくして、ラプンツェルは筋トレに励むことになった。
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