ある奇妙な風習

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 地方の小さな町役場に勤める私は駅までの帰り道、上司の後ろ姿を見つけて声をかけた。 「あ、お疲れさまです。上野(うえの)課長」 「おお、お疲れさん」  振り向いてにこやかに挨拶する課長は幾分お疲れ気味の様子だ。 「引継ぎ大変です?」  今年度末で課長は定年退職を迎える。 「そうなんだよ、卒業までにやっておくことが結構あってねぇ」  私たちの職場では定年退職のことを〝卒業〟と呼ぶ。県職員をしている友人も同じように言っていたので公務員独特の言い回しなのかもしれない。 「課長は次の職場を決めてないんでしたっけ」  公務員なので退職金はちゃんと出るし年金もそれなりにもらえるのだがほとんどの人が再就職の道を選ぶ。老後が不安なのと何よりまだまだ元気で十分働けるからだ。家に居場所がなくて、なんてぼやく男性も多い。 「うん、しばらくのんびりしようと思ってね。ああ、ここ数年帰省してないから実家にも顔を出すかな」  妻は嫌がるだろうから一人で行くことになりそうだけど、と課長は苦笑いする。まだ独身の私にはピンとこないがどこの家でも嫁姑の関係はなかなかに難しいのだろう。 「課長の御実家ってどちらなんですか?」  私の問いに課長はある山深い土地の名を挙げた。 「ああ、確か温泉もあっていいところですよね。私は両親共に市内で田舎ってのがないんですよ。いいなぁ。のどかな田舎暮らしって何だか憧れちゃいます」  すると課長は「そうでもないぞ」と首を横に振る。 「不便なとこだしな。遊ぶ場所なんてありゃしない。それに……」 「それに?」
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