3-1『紗江』

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   四ヶ月後──12月半ば、紗江はひとりで墓地へと来ていた。今日は颯人の命日一日前。  颯人の眠る墓の前で一礼すると、紗江は墓石の掃除をはじめた。毎年、紗江はこうして命日の一日前に掃除に来ている。葬儀への出席も叶わず、颯人の位牌すら拝むことができなかった。  本来なら命日に来て、花を供え線香をあげるものである。しかしながら紗江にはその資格がない。それに命日に来て颯人の両親と鉢合わせしてしまっては、不快な想いをさせてしまう。  だから、紗江は毎年前日にやってきて、墓石を綺麗に磨きあげ、花を供えることなく線香をあげることもなく、ただ手を合わせることしかできない。  吐く息は白く紗江の指先は真っ赤になっている。それでも柄杓で水をすくっては墓石にかけ流し、タオルで何度も拭きあげていく。できることはこれしかない。会えるのはこの時しかない。寒さなど、どうでもよかった。かじかむ手がこのまま動かなくなってしまっても構わなかった。愛する人を死に至らしめてしまった自分に情けなどかけられるわけもなかった。  時間をかけ丹念に墓石を磨きあげると、紗江はようやく墓の前で膝を折った。手を合わせ、これ以上はないくらいに頭を垂れる。ちらちらと雪が舞いはじめ、紗江の髪や肩を濡らしていく。  
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