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一年後──。
紗江は東京を離れ、とある片田舎の小料理屋で働いていた。
「紗江ちゃん、今日もうあがっていいよ。雪がひどくなる前に帰んな」
割烹着姿の紗江が布巾を片手に振り返る。
「でも……」
「いいんだって。もう客もこねぇだろうし、紗江ちゃん歩きだろ? 早く帰って熱い風呂にでも浸かるといいよ」
気のいい店主の言葉に甘え「じゃあ」と紗江が割烹着を脱ごうとすると、タイミング悪く新しい客がのれんをくぐって入ってきた。紺色のコートには雪がちらほらとついている。
「あ、コートお預かりしますよ」
紗江の言葉に客が顔をあげる。見覚えのある顔だった。小柄で髪はもっさりとしていて、どこかすっとぼけたような表情──。
「久しぶりだね、原田さん」
コートを脱ぎにっと笑うその男は、室戸だった。柊が行方知らずとなった時に、紗江が駆け込んだ興信所の所長である。
「……探偵さん?」
「そう、名探偵室戸! なんつって。寒いねぇ」
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