3-1『紗江』

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『まず、事実として町田颯人さんには実は双子の妹がいた。いたっていっても死産だったんだけどね』 『母親はずいぶんと落ち込んだらしいよ。それで、颯人少年は幼い頃から、こう言い聞かされていた』 『颯人、あなたはふたりぶんの人生を生きるのよ、ってね』 『これは、なかなかの洗脳だよね。で、それが刷り込みになったせいかどうかはわからないけど、颯人少年は物心つく頃から自分には心がふたつあるみたいだって感じていたんだと。これは彼が通ってた幼稚園の先生からの証言ね』  心がふたつある。それは紗江も颯人から聞いていた。その時は、それくらい心が広く、感受性が豊かなのだと思っていたが、双子の妹と共に生きているという意味だったのだろう。 『それでね、これは森谷くん本人から聞いた話なんだけど──どうやら町田さんの母親は、あなたと結婚するにあたり別れさせようとしていたらしいよ』 『町田さんと森谷くんを』  室戸の声が頭の中で反復する。颯人の母親は、息子がバイセクシャルであることを容認してはいなかったのだ。そして、颯人がそうなってしまったのは、自分が刷り込んだあの言葉のせいだとし、森谷への気持ちは錯覚なのだと颯人に言い聞かせたのだという。
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