3-1『紗江』

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 どれほど辛かっただろうかと思う。錯覚だと言われ、颯人はアイデンティティが崩壊したのではないだろうか。本当に自分はバイセクシャルなのか。それとも母親に刷り込まれた言葉のせいで、妹のぶんも誰かを愛さねばならないと紗江と森谷を好きになったのではないか。そんなふうに悩む颯人に追い討ちをかけるように、紗江からの責め苦があり、そして母親からも森谷と別れるように言われ──。 『森谷くん、後悔してるって言ってたよ』 『自殺の原因は自分にあるとして、町田さんの母親は自分を責めていたそうで、森谷くんはそれを見ていられなかったって』 『だから、お母さんのせいじゃない、原田さんが町田さんを責めていたんだって、そう言ってしまったらしい』  誰が悪かったのか。自殺の原因はなんだったのか。そんなことは今さらなにもわからない。ただ、颯人を巡って複数の糸が複雑に絡みあい、彼を追い詰めたことだけはわかる。そして、その要因のひとつが自分であったことは否めない事実だ。
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