3-1『紗江』

31/36

93人が本棚に入れています
本棚に追加
/139ページ
 園長から柊の現住所を聞き、紗江はその足で柊の住むアパートへと向かった。東京の街はイルミネーションで飾られ、クリスマスが近いことを知らせてくれる。紗江にとっての冬は、颯人がいなくなった季節であり、今まではクリスマスとは無縁の12月を過ごしてきた。  さくら園に訪れた柊は、子どもたちに一足早いクリスマスプレゼントをたくさん抱えてやってきたという。  きらめく街路樹がやけに眩しい。それを綺麗だと思えるほど紗江の心は澄んではいない。ただただ白々しく、虚無に満ちている。吐く息の白さにうんざりしながら、冷えて感覚のない指先でコートのポケットにあるものをぎゅっと握りしめた。  白いハンカチ。紫色の糸で花の刺繍が施してある。以前、柊にハーデンベルギアの話をしたことがあった。花言葉は、運命の出会い。  颯人にはハーデンベルギアの下でプロポーズをされ、隼人にはハーデンベルギアの刺繍がしてあるハンカチを拾ってもらった。それを運命だと思い込もうとしていたのだが、それが間違いだったことに紗江は今さら気がついたのだ。
/139ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加