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どれくらい待っただろうか。カンカンと誰かが階段をのぼってくる音が聞こえる。一定のリズムで続いていたそれが途切れ、紗江が顔をあげると、そこには呆然と立ち尽くす柊の姿があった。
「……さ……えさん」
「久しぶりだね、柊くん」
翔ではなく『柊くん』と紗江が名を呼ぶと、柊の顔がくしゃりと歪む。今にも泣きだしそうな子どもの顔。
「どうして……」
「あら。室戸さんを寄越したのは柊くんでしょ。だから、さくら園に行って園長先生からここの住所を聞いてきたの」
「……もう、おれには会いにきてくれないかと思ってた」
「……そうね。室戸さんがわたしを訪ねてくるまでは、もう二度と柊くんには会わないって思ってた」
一年ぶりに見る柊は、なにも変わっていなかった。少し猫背ぎみの立ち姿も、子犬のような瞳も、いつもどこか寂しそうな表情も──自分を見つめてくるまっすぐな視線も。
「あ、ごめんね? 寒い中、待たせちゃって」
慌てて部屋の鍵をポケットから取り出す柊に、紗江は静かに首を振り「少し歩かない?」とほほえむ。
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