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「でも……」
「大丈夫。柊くんと並んで歩きたいの」
「じゃあ、これ」
これと、ポケットからカイロを取り出し紗江の冷えた手に握らせる。ほんのりと温かなそれは、まるで柊の心のようで、紗江は礼を言ってカイロを大事に握りしめた。
アパートの階段をおり、行く宛もなく歩きだす。どこからか鈴の音が聞こえてきてもおかしくないくらい、辺りはシンと静かで空気は冷たく澄んでいる。
「──まず、お礼を言うね。いろいろとありがとう」
「そんな……おれはなにもしてないよ」
「ううん。柊くんがいなかったら、今ごろどうなってたかわからないし……綾美さんや隼人さんの現状も知れて良かった。それから町田颯人さんのことも」
真実は人の数だけあって、自分の視点からだけでは見えないものもある。そういった意味では、紗江にとって柊の存在は有り難いものだった。
「ね、前にハーデンベルギアの話をしたでしょう?」
「ああ……ええと、運命の出会いだっけ?」
「そう。町田颯人さんは、ハーデンベルギアの下でプロポーズしてくれたし、今村隼人さんは刺繍のしてあるハンカチを拾ってくれた」
「……うん」
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