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五年後──。
「柊くん、忘れものはない?」
「ないよ。ハンカチも持ったし」
スーツのポケットから柊がハンカチを取り出して見せる。藤の花が刺繍された白いハンカチ。
「ぼくもハンカチもったよー」
柊に負けじとポケットからいそいそとハンカチを取り出すのは──ふたりの息子・蓮。白いハンカチには名前の由来となった蓮華草が刺繍してある。
「じゃあ、おれはもう行くね」
「行ってらっしゃい。蓮、パパにお仕事がんばってねーって」
紗江に促され蓮が「がんばってねー」と舌足らずに繰り返す。
「蓮も幼稚園がんばるんだぞ」
「うん」
蓮の頭をひと撫でし、柊が玄関を出て行く。行ってらっしゃいともう一度、その背中に声をかけ、紗江は扉が閉まる寸前まで柊の姿を見送った。
五年の年月は紗江に信じられないほどの幸福をもたらした。柊との結婚はもちろんのこと、年齢的に諦めていた子どもも授かることができ、今年で蓮は4歳になる。
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