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「──それじゃあ、宜しくお願いします」
保育士に頭をさげるも、紗江は蓮の手を離せないでいる。いつものことだった。本当にこの保育士に任せていいのかと、毎朝のように思ってしまう。
「あの……雨宮さん、大丈夫ですから」
「あ、ええ……すみません。つい心配で……あの、絶対にわたし以外の人間には蓮を渡さないでくださいね。この子を迎えに来るのは必ずわたしか夫でしかないので」
「ええ、承知しています」
これも毎朝のやりとり。ようやく蓮の手を離し保育士に引き渡しても、紗江は何度も何度も振り返っては我が子の姿を確認した。ばいばいと振る手がだんだん小さく遠くなっていく。そのたびに紗江は不安と悲しみに押し潰されそうになり、駆け寄って蓮を抱きしめたい衝動に駆られる。
だが──自分にはすべきことがあるのだ。
蓮だけではなく、柊の安否確認も怠ってはならない。
後ろ髪を引かれる想いで紗江が次に向かったのは、柊が務める会社だった。つい一時間前に見送ったばかりである。会社に行ったとて柊に会えるわけでもない。それでも毎日紗江は、蓮を送ったあとに柊の会社付近にある喫茶店で時間を潰し、昼には柊と昼食を共にすることを日課としている。
端から見れば異常である。でも、これが紗江と柊の愛の形だった。
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