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喫茶店へと入ると、紗江はいつもの窓際の席に向かう。柊の会社がよく見えるからだ。そんな紗江を追ってくる男がひとり。
「あの、落としましたよ」
え? と、振り向いた紗江に差し出されたのは──白いハンカチだった。ハーデンベルギアの花が刺繍されている。
「ありがとうございます」
「いえ。これ、ハーデンベルギアですよね?」
爽やかなサックスブルーのシャツに少年のような笑顔。颯人によく似ている。あまりのことに、ぐにゃりと視界が歪んだ気がした。子どもの頃に読んだ童話のように、壁の時計が長細くぐにゃぐにゃと形を変え、ものすごいスピードで時間が巻き戻っていく感覚。それは、まさに颯のようだった。
「──大丈夫ですか?」
呆然としたまま立ち尽くす紗江に男が心配そうに声をかける。同時にバッグの中のスマートフォンが激しく振動する。
「なんでもありません」
パッと男から目を逸らし、紗江はそそくさといつもの席へと向かった。歩きながらスマートフォンを取り出せば、柊からメッセージが届いていた。
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