93人が本棚に入れています
本棚に追加
/139ページ
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
玄関扉が大きく開き、スーツ姿の隼人が出てくる。ネイビーのスーツに身を包んだ隼人は、やはり紗江の愛する隼人だった。白いワイシャツにチェック柄のネクタイ。短く切り揃えられた髪に精悍な横顔。笑うと優しくさがる目尻も、男らしい鷲鼻も、なにもかもを今も愛している。
そう強く感じると同時に、隼人のあとをついて出てきた女に、紗江は激しく嫉妬した。ショートカットのぱっちりと目の大きい女。どことなく幼げな顔をしているのに、どうしてあんなに髪を短くしているのだろうと、紗江は不思議に思う。どう見てもショートカットよりは、伸ばしたほうが似合うだろうにと、今の状況に不釣り合いなことを考え、そのすぐあとで理由を悟る。
「綾美も無理しないようにな」
隼人が優しくほほえみ、綾美の腹部へと手を伸ばす。わずかに張り出したお腹。そんなはずはないのに、紗江にはそれがこちらへと見せつけているかのように映る。
信じられない光景だった。綾美は見たところ、妊娠五ヶ月といったところだろう。それは即ち、紗江と別れる何ヵ月も前から、いや一年か二年か、ふたりは陰でこそこそと会瀬を重ねていたことを指し示していた。
ガラガラと、なにもかもが音をたてて崩れていく。計画的な離婚。しかも仕組まれた離婚。翔のみならず隼人も、あの女も、みんなみんな自分を騙していたのだと、紗江の心に突風が吹き荒れる。
最初のコメントを投稿しよう!