1-1『紗江』

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 逃げられないよう翔の手首を掴み、ぎゅっと爪が食い込むほどに力をこめる。観念したように振り向いた翔の顔は悲しそうだった。 「紗江さん……ごめん。怒ってるでしょう?」 「ううん。いいの。もう、そんなことはいいのよ」  そんなことは。  今の紗江にとって翔が自分を騙したことや、黙って姿をくらましたことなどは、もはやどうだっていいことだった。 「そんなこと、どうでもいいのよ」  もう一度、にこりと笑って繰り返す。紗江の小さくか弱い手。その手が翔の血流をとめんばかりの力で、手首を締め上げてくる。 「ああ良かった。やーっと見つけた」 「紗江さん?」 「もう逃がさないんだから」  ふふふと笑う紗江は、やはり美しかった。だが、その声音は幼く、そして目は狂気に満ちている。澄みきった瞳の奥にらんらんと燃える炎がちらちらと揺れ、獲物を狙うハンターのように翔を捕らえて離さない。 「翔くんには、罰として協力してもらうから」  
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