1-2『綾美』

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 定期検診の日──綾美は診察を終えると、お腹を押さえながら病院を出た。五月の半ば、あたたかな日差しの中でポプラの木が風に吹かれ、あおあおとした葉がキラキラと光っている。  ゆっくりと歩きながら綾美はバッグの中からスマートフォンを取りだし、隼人へと電話をかけた。診察の終了時間がちょうどお昼すぎだったら一緒にランチをしようと隼人に言われている。時刻は、ちょうど午後の一時。もう隼人の昼休憩は終わってしまっただろうか。電話はなかなか繋がらず、諦めて切ろうとした時だった。  背後に人の気配を感じスマートフォンを耳に当てたまま振り返ると、すぐ目の前ににゅっと誰かの両手があった。 「きゃっ!」  びっくりしてあとずさる綾美に、その両手はなおも迫ってくる。白いワンピースの女。華奢で品のいい顔つきの女が、両腕をぴんと前に伸ばし、薄ら笑いを浮かべながらじりじりとにじりよってくる。 「な、なんですか!」  一歩、また一歩。女は少しづつ近付いてくる。綾美の足は道路へと続く階段の前にまで追いやられ、もはや後ろへとさがることはできない。かといって背を向ければなにをされるかわかったものではなく、階段手前で綾美は足を踏ん張り、女の身体を押し返そうとした。
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