1-2『綾美』

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 見た目は華奢でか弱そうな女だ。力で負けるはずがないだろうと、綾美は女の腕を払い肩を押そうとしたのだが、ほんのわずか、女のほうが判断が早かった。綾美に腕を払われる前に、女の両手が綾美の肩を突き飛ばす。 「──危ないっ!」  若い男が駆け寄ってくる。だが、遅かった。バランスを崩した綾美の身体は、不格好に後ろへと反り返り、女の腕を掴み損ねた両手がむなしく宙を掻く。綾美の手からスマートフォンが離れ落下し、それに続くように綾美も落ちていく――背中に感じる激しい衝撃、階段はたったの五段しかないが、ごろごろと転がり落ちる綾美は死を覚悟したほどだった。  歩道へと身体が投げだされ、綾美は朦朧としながら階段の上を見た。どうしてか助けに走ってきたはずの若い男が、白いワンピースの女と去っていく。背中が痛い。起きあがろうとするとぐにゃりと視界が歪む。頭を打ったのだろうか──だんだんぼんやりとしていく意識の中で、綾美は誰かの声と、ひとつの音を聞いた。 「──綾美っ!」  隼人の声。  それから──ぱんっ! と、風船の割れる音。  終わった。なにもかも終わった。綾美は薄れゆく意識の中、ぽろりと一粒、涙をこぼした。
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