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背中の打撲と脳震盪、それから数ヵ所の擦り傷。幸いにも怪我はたいしたことがなく、治療後、綾美はすぐに隼人と共に帰宅することができた。
だが、綾美のお腹はしぼんでいる。白いワンピースの女のことより、怪我のことより、綾美にとっては風船が割れてしまったことのほうが不幸な出来事だった。
「……どういうこと?」
綾美を気遣いながらも隼人が厳しい目を向けてくる。その視線は綾美の腹部へと突き刺さり、からっぽとなったお腹を責めているかのようだった。
「……ごめん」
「そうじゃなくて、謝ってほしいんじゃなくて」
珍しく苛立ったように声を荒げる隼人に、綾美は目を合わせられないでいる。
「どうして偽装妊娠なんかしたの」
綾美のお腹は比喩ではなく、本当に風船が詰まっていたのだ。それが階段から落下した衝撃で割れてしまった。何ヵ月も隼人を騙してきたことに罪悪感はあるものの、今の綾美には喪失感のほうが何倍も大きい。偽装とはいえ子どもを失ったことではない。隼人を失う喪失感だ。
「だって……そうでもしなきゃ、隼人に愛されないと思って」
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