96人が本棚に入れています
本棚に追加
「……ああ。紗江だった」
隼人が忌々しげにつぶやく。
「そう、なんだ……なんかもっと怖そうな人を想像してたから」
「怖いよ。綾美を突き飛ばしたじゃないか」
「……綺麗で優しそうな人だった」
「やめてくれよ」
「ねえ、隼人。本当は紗江さんとなにかあったんじゃないの?」
隼人の目が大きく見開かれる。じっと綾美を見たのち、隼人は大きなため息をつき、苛立ったように髪を掻きむしった。
「信じてなかったのか?」
「え?」
「ぼくが紗江、いや、あの女となにかあるはずがないだろう!? そんなこと、綾美が一番よくわかってるはずだろ!」
綾美を睨みつける隼人のギラギラした目には、紗江に対する怒りと、そして、綾美に対する失望が交互に揺れている。
「そうだね……そうだったね。ごめん」
「なあ、綾美。一体どうしたんだよ? おかしいだろ」
「ごめん。わたし、もう隼人とは一緒にいられない」
「それ……どういう意味」
目に涙を浮かべる綾美を、隼人が呆然とした顔で見つめている。本当のことを言うべきかどうか。綾美は迷った。真実を告げて尚、隼人は一緒にいてくれるだろうか。いや、どちらにしても隼人に愛される未来はないのだ。はじめからわかっていたこと、納得していたことだ。意を決して綾美は口を開く。
最初のコメントを投稿しよう!