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今村隼人は厳格な祖母のもとで育った。隼人が五才の時、母親の美妃が若い男と駆け落ちをしたからである。父親の修一は仕事が忙しく、とても隼人の面倒をみられる状況ではなかった。そのため隼人は修一の実家に預けられ、修一の母である今村杉子に厳しく育てられた。
幼い頃はただただ杉子が恐ろしく、隼人はよく美妃のことを思い出しては泣き暮れていた。だらしのない母ではあったが、隼人にとっては少なくとも杉子よりは優しく、自分のことを守ってくれる存在でもあった。
隼人が「ママに会いたい」と泣くたびに、杉子は鬼のような顔で隼人を叱った。
『隼人! あの女は母親なんかじゃないんだよ!』
『若い男にホイホイついていくゴキブリだ!』
杉子にとっては、かわいいひとり息子を裏切った最低の嫁である。話し合って離婚するのではなく、駆け落ちというところも杉子の怒りを増幅させた要因だったのだろう。
泣けば美妃のことを悪く言われる。そのことが辛くて隼人はだんだん美妃のことを口にしなくなっていった。杉子の言う通りに行儀よく振る舞い、杉子がするなということは決してせず、杉子が付き合うなという人間とは友達にもならなかった。高校も大学も杉子が勧めるままに受験し、もちろん就職先も杉子の意のままに決めた。
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