1-3『隼人』

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 四年前の春、隼人が31歳の時の出来事。  その日、隼人は軽い風邪をひき大倉総合病院へと診察に来ていた。微熱と喉の痛みを訴える隼人に医師は「軽い扁桃腺でしょう」と、解熱剤と抗炎症薬を処方してくれた。  診察を終え外に出た隼人を待ちかまえていたのは、春一番だった。びゅうっと強い風が吹き、辺りの木々が大きくしなる。強い風に思わず顔を背けた隼人の前に、なにかが風に乗って飛んできた。それは隼人の肩にあたると急激に力を失い、隼人の身体を撫でるようにしてするすると落ちていく──白いハンカチだった。  上品なレースで縁取りされ、花の刺繍がほどこしてある。その刺繍からかすかに花の匂いがするようだった。  ──綺麗なハンカチだな。  キョロキョロと辺りを見回すと、少し離れたところに女性の姿があった。ハンカチと同じ、真っ白なワンピース。隼人は、その女性に近付いていった。ほかに人はいない。だから、ハンカチの持ち主は、その彼女でしかなかった。 「あの、これ落としましたよ」  声をかけた隼人に女性がゆっくりと振り向く。ハンカチの持ち主にふさわしい、品のある美しい女性だった。 「ありがとうございます」 「いえ。今日は風が強いですから気をつけて」
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