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どうしてそんなことを口走ってしまったのか。きっと目の前にいる女性が、あまりに華奢で春風に飛ばされてしまいそうな儚さをもっていたからだろう。女性はかすかにほほえみ、もう一度礼を口にすると、ちらりと隼人の薬袋へと視線を走らせた。
「今村……今村隼人さん? 風邪ですか?」
「えっ、ああ、はい。たいしたことはないんですけど」
「そう。お大事になさってくださいね、隼人さん」
そう言って女は去って行く。隼人にしてみれば、なんてことはない出来事。誰かのハンカチを拾うということがそう頻繁にあるわけではないが、まったくない出来事でもない。だから、ごくごくありふれた日常における些細な出来事として、隼人はその女との出会いを気にも留めなかった。
これが、隼人と紗江の出会いである。
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