1-3『隼人』

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 異変が起きたのは、紗江と出会ってから一週間が過ぎる頃だった。仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、隼人は紗江と再会を果たすことになる。 「あら……隼人さんじゃない?」  淡いラベンダー色のワンピースに身を包んだ女が笑顔で近付いてくる。その顔を見て、隼人は「ああ、あの時の」と立ち読みしていた雑誌を慌ててラックへと戻した。 「お仕事帰りですか?」  スーツ姿の隼人を見て、紗江がそう聞いてくる。 「ええ、まあ」 「風邪は治りました?」 「ええ、おかげさまで」  相手が誰であろうとも『嫌われないように努めろ』というのが、杉子の教えだった。好かれる必要はないけれど嫌われないようにしなさいと、子どもの頃から口酸っぱく言われてきた。幼い頃はその意味がよくわからなかったが、今ならわかる。不用意に敵を作るな。きっと、そういうことだ。実際、その教えは役にたっている。  だから例え相手が名前も知らない得体の知れぬ女性であっても、隼人は素っ気ない態度をとったりはしない。だが、それが仇となることを、この時の隼人はまだ知らない。
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