1-1『紗江』

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 ならば翔と別れれば良かったのかといえば、それも紗江には苦しい選択だった。翔は隼人が与えてくれないものを紗江に与えてくれた。どんよりと曇った空が一瞬でパッと明るくなるような。紗江にとって翔は、そんな清涼剤のような存在で、一緒にいると心が明るくなる。そして、なにより翔は紗江のことをとても好いてくれている。その純粋でまっすぐな想いが紗江はうれしかったのだ。  スマートフォンをバッグに仕舞った紗江は、先ほどより幾分か軽い足どりで街を闊歩する。悔いたってもう時間は戻らないのだ。隼人にはもう会えない。でも、自分には翔がいるではないか。明日、いや、今日から自分はいつだって翔に会いに行ける。そして、翔も、いつだって自分に会いにきてくれる。今はそれを贅沢な喜びとして大事に噛み締めよう。紗江は、そう心に刻み、かすかにほほえんだ。
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