2-2『綾美』

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 近ごろの紗江は、いつも若い男と一緒にいる。すらりと背が高く子犬のような愛らしい目をした青年。階段から突き落とされた時に一緒にいた男だろう。  紗江はともかく男のほうは紗江のことが好きなのだとわかる。どこへ行くにも紗江のあとをついてまわり、あれこれと世話を焼いては、まぶしいものでも見るような目で紗江を見ているからだ。  だが、当の紗江は相も変わらず隼人にご執心のようで、以前と変わらず隼人のあとをつけている。その紗江を少し離れたところから『子犬』が見ていることもあれば、いないこともあった。どちらにしても、隼人をつけまわす紗江を子犬がつけまわし、そして、そのあとを綾美が追っているという、奇妙なストーカーの連鎖が生まれていた。  隼人の会社付近をうろつく紗江を、綾美は物陰からじっと見つめている。チャンスがくればいつでも刺し殺せるようにと、バッグに果物ナイフを忍ばせて──。  別に手段はなんでも良かった。道路へと突き飛ばして車に轢かれて死ぬ紗江。歩道橋の階段から突き落とし全身を強打し頭から血を流して死ぬ紗江。線路へと突き落とし電車に轢かれぐちゃぐちゃになって死ぬ紗江──ありとあらゆる方法で紗江を頭の中で殺してきたが、やはり、どうせなら自分の手でとどめをさしてやりたい。紗江が最後に瞳に映すものは、隼人でも子犬でもなく、自分であってほしい。それは紗江がもっとも望まない最期だろう。だからこそ綾美は、紗江に真正面からナイフを突き立ててやろうと思っている。
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