2-2『綾美』

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「くそっ……なんなのよ……」  今日も殺せなかった。子犬の監視が外れ、今だと思い横断歩道を渡り、紗江の背後へと近付こうとした時、帰ったと思った子犬が戻ってきたのだ。手にコンビニの袋を持って。  いっそ子犬も殺してしまおうかと思ったが、果物ナイフ一本でふたりもの人間を殺せるだろうかと思いとどまった。紗江のように華奢な女なら果物ナイフでひと突きすれば致命傷を負わせることができるだろう。だが、子犬は若い男性だ。紗江を殺す前にナイフが使い物にならなくなっては困るし、なにより子犬が暴れたら紗江にも逃げられてしまう。  だから殺せなかった。    言い訳だとわかっている。綾美とて人を殺すのが簡単ではないことくらいわかっているし、紗江をなかなか殺せずにいるのは躊躇いがあるからだ。  不思議な女だと思う。憎くてたまらないのに、紗江を見ていると、なぜか切ない気分になるのだ。同じように隼人を愛しているからなのか、それとも叶わぬ恋の苦しさを知っているからなのか。綾美は知らず知らずのうちに、紗江に同情と共感を抱きはじめていた。
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