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「……名前、覚えてないんですね」
「え……ああ、ごめんね? でも君だけじゃなくて、誰の名前も覚えてないから」
「綾美。上田綾美です」
その言い方に、いつぞやの紗江が重なり、隼人はじっとりとした嫌な汗が脇を伝うのを感じていた。思わず、きょろきょろと辺りを見回す。どこかで紗江が見ているかもしれない。そんな言い知れぬ恐怖と不安が一気に押し寄せてくる。
「今村さん?」
綾美が不思議そうな顔で隼人を見る。
「ああ、なんでもない。そろそろ戻ろうか」
あと一時間もすればお開きになるだろう。そうなったらさっさと帰ればいいだけだ。隼人はそう思い喫煙コーナーを出ようとしたが、綾美に腕を掴まれてしまった。
「上田さん?」
「4番なんかじゃないです。わたしも本当はちっとも気が乗らなくて……だから、今村さんの荷物も取ってきますから、ふたりで帰りませんか?」
「いや、そういうわけには……君を連れてったらみんなに悪いよ」
「残っても、わたしは誰にも連絡先を教えたりしないんで意味ないです。すぐ戻ってくるんで待っててください」
隼人の制止も聞かず綾美は喫煙コーナーを出ていってしまった。
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