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ふと時計を見ると、もう午後の八時をまわっていた。最近の隼人はいつもこうだ。ひとりでいると、つい綾美のことを考えてしまう。
偽装結婚は互いに同性愛者として周囲の視線をあざむき、わずらわしさを解消するための手段だった。お互いにメリットがある。だから綾美から結婚話を持ちかけられた時、隼人はそれに同意したのだ。
いつ結婚するのかとうるさかった杉子も、綾美のことを気に入り、妊娠の報告をした時だって今まで見たこともないくらい、おだやかな顔で喜んでくれた。これでやっと安心して死ねるとまで言っていたのに──。
離婚したことも妊娠が駄目になったことも、隼人は杉子に報告していない。それを言ってしまえば、隼人の母をなじったように、また鬼のような顔で綾美をなじるに違いないからだ。
ため息をつき、もう一度時計を見る。
「……遅いな」
いつもならもう帰ってくる時間なのに。
ここ最近の隼人はずっと夕貴の部屋に入り浸りで、今夜も合鍵を使って帰りを待ちわびているところだ。
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