1-1『紗江』

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 リハビリ室の戸口に立ち、紗江はそっと中を覗きこむ。そこには身体機能に障害を負った患者たちが、それぞれにリハビリに勤しんでおり、その傍らには理学療法士の姿が──。  だが、どんなに目を皿のようにして見渡しても、そこに翔の姿はなかった。休みなのか。それとも自分からは見えない奥のほうにいるのか。勝手に中へ入っていいものかどうか紗江が考えあぐねていると、背後から「どうなさいましたか?」と声をかけられてしまった。  ばつの悪い顔で振り向く紗江の前に立っていたのは、ひとりの看護師だった。 「患者さんのご家族の方ですか?」 「いえ、あの……嶋田さんに用があって」 「嶋田先生ですか?」  そう言って看護師はリハビリ室の中を覗きこみ、ひとりのスタッフを指さした。 「嶋田先生ならあそこに。お呼びしましょうか?」 「え……あの、嶋田翔さんですよ?」 「え? いえ、あの人が嶋田先生ですけど……」  看護師が困ったように首を傾げる。だが、どこからどう見ても、看護師が翔だというその人物は、紗江の知っている嶋田翔ではなかった。 「ええと……もしかして同姓同名の方がいらっしゃるとか? 嶋田翔さんて、あの方ではなくて、もっと背が高くて目鼻立ちのはっきりとした方で……」
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