3-1『紗江』

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2ff8aeae-04b0-4b59-819f-4a6b107f2f84 「──元気そうじゃない」  病室の入口、ベッドに横たわる紗江を見て綾美が呆れた顔で言う。  あれから三週間が過ぎ、紗江の状態も良好だ。傷口の抜糸も済み、順調にいけば来月には退院できる。 「言っとくけどお礼なんか言わないわよ」  綾美は病室には入ってこようとせず、戸口に立ったまま苦々しげに口もとを歪めた。 「ええ、そうね」  弱々しくほほえむ紗江。  あの一件は精神的におかしくなった紗江が、自分で自分の脇腹を刺したということで片付けられた。本来なら被害者は夕貴であり、それをかばって紗江が怪我を負ったのだから夕貴としては黙っていられない状況ではあった。  しかし、柊が頑としてそれを許さなかった。夕貴が本当のことを言ってしまえば、どうしてそうなったか、今までの経緯を話さなくてはいけなくなる。何年にも及ぶ紗江のストーキング行為が明るみに出てしまっては、メディアはそれを面白おかしく取り扱うだろう。それに、夕貴と隼人の関係も世に知れてしまうことになる。あとから駆けつけた隼人に事の次第を説明すると、夕貴とのことが知られたら困る、紗江にももう関わりたくないという返事だったため、柊と夕貴は口裏を合わせ、綾美のことは一切口にしなかった。
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