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小さな丸形テーブルを挟むように座っていたが、いつしかふたり、ベッドを椅子代わりにし、並んで座っていた。
「なんか、緊張しちゃってごめんね……わたし、男の人の部屋とかはじめてだから――」
気まずさを生んでいるのが申し訳なくて、彼に謝ったそのときだった。彼はベッドの上にわたしを倒し、覆いかぶさってきた。見上げる天井との間には彼の顔。荒くなった鼻息が、わたしの頬を撫でる。
素直な性格の彼。人柄もよく、嘘をつくこともない。周りからの人望も厚く、真っ直ぐな生き方をしている理想の人。わたしは彼のことが心底好きだった。だから、わたしのはじめてを彼に捧げることに、一切の抵抗はなかった。だから、ゆっくりと目を閉じた。それなのに――
――えっ?
つむった目がつくる真っ暗な世界の中に、電光掲示板が現れ、時を刻みだした。一秒、また一秒とカウントアップされていく。そして、15秒が過ぎたあたりで、わたしは目を見開き、彼を思いっきり突き飛ばした。
事態が理解できない様子の彼は、ベッドの上に正座したまま、呆然としている。
「ごめんなさい……」
わたし自身、わたしの中で何が起こったのかが理解できないでいた。彼を受け入れるつもりだったのに、体が勝手に――
「僕のほうこそ、いきなり、ごめん」
「リョウタは何も悪くないよ……だから、謝らないで」
その後、どんな風に時間をやり過ごしたのか、どんな言葉を残して彼の部屋を後にしたのか、記憶が定かじゃない。でも、彼を傷つけてしまったことは事実。黒煙のような罪悪感だけが心の中に残っていた。
あれから何度も彼の部屋に遊びに行ったが、愛を確かめ合おうと、彼と重なるたびに、電光掲示板が現れ、彼を拒み続けた。
なんとか19秒までは耐えられるようになったが、そこが限界だった。毎回、信じられないほどの力で、彼を突き飛ばしてしまう。
その日も彼と交わることなく、そして、やはり彼を突き飛ばしてしまったあと、彼の部屋を後にした。恋人からひどい仕打ちを受けてもなお、わたしを愛そうとしてくれる彼には、ただ同情するしかなかった。
バイトのシフトが入っていた彼。出勤ついでにわたしを家まで送ってくれることに。ついさっきの気まずさを背負いながら、手をつないで歩いていると、前からガラの悪い三人の男が歩いてきた。
冷やかすようにニヤついていたヤツらは、案の定、わたしたちにちょっかいを出してきた。
「なぁ、おねえちゃん。そんなひ弱そうな男と付き合ってねぇで、俺らと遊びに行かね?」
リーダー格と思われる男がにじり寄り、彼の肩を突き飛ばした。
怒りが一瞬で沸点に達したわたしは、男の胸倉を掴み、地面に投げ飛ばしていた。
あまりの迫力に気圧されたのか、残りの男たちはうずくまる男を立たせ、一目散に逃げていった。
リョウタ、ごめん。わたし、ずっと嘘ついてたんだ。文化的な趣味の多いリョウタのことを好きになり、わたしのことをもっと好きになってもらいたくて、可憐な女を演じてきた。本当はそんな女じゃないのに。ごめん。好きになって欲しくて。嫌いにならないで欲しくて。ずっとずっと一緒にいたくて。だから、ずっと嘘をついてきた。
積み上げてきたものが壊れゆく音が、頭の中に鳴り響く。立ち尽くすリョウタを置き去りにするように、わたしはその場から走り去った。
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