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「おぅ! ミサキ、どうした? 今日は早いじゃないか」父がわたしに声をかける。
「まぁね。大会も近いし」
「リョウタはどうした?」
「一緒にきてるよ」
わたしは道場の入り口を指差す。そこには、一礼しながら道場に入ってくるリョウタの姿。
わたしを抱こうと覆いかぶさってくるたび、彼を突き飛ばしてしまう理由。実はわかっていた。なぜ、電光掲示板が現れるのかも。
だって、20秒間抑え込まれちゃったら、一本を取られてしまう。幼い頃から柔道に情熱を注いできたわたしの体は、正直に反応してしまうんだ。
「今日も気合い入れて練習しろよ、リョウタ!」父が彼に発破をかける。
あれからわたしは、彼にありのままのわたしを打ち明けた。柔道一筋の自分のこと。文化的なことに興味を持ったことがなかったこと。でも、これからリョウタの趣味にも一緒に触れていきたいと願っていることも。
すると彼は言った。
「僕も柔道やってみようかな」
そんな彼のことが、わたしはやっぱり大好きだ。
結果的に、柔道の師範である父にも、彼のことを紹介できた。そして何より、同じ道場でこうして、彼と時間を共有できるのが嬉しかった。
「お前、抑込技を磨きたいんだろ?」父がリョウタに言う。
「はい!」
「珍しいな。華やかな投げ技とかに興味を持つヤツが多いのに」
「ミサキさんから、抑え込みで一本を取りたいんです」
「ははは! このバカタレが! ミサキの強さを見くびるなよ」豪快に父は笑った。
今ではリョウタの家で同棲をはじめたわたし。まだ、彼とは交われていない。あいかわらず、愛しい恋人を突き飛ばしてしまう毎日だ。そう。まだ、彼はわたしから、一本を取ることができないでいる。
でも、彼の努力を見ていると、抑え込みが決まる日も近いかもしれない。
わたしは黒帯。柔道をはじめたばかりの彼は、もちろん白帯。
運命の人との恋愛は、赤い糸で結ばれているなんて言われるけど、わたしとリョウタを結んでいるのは、黒と白の帯なのかもしれない。
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