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はじめての
あの日から、わたしのトラウマは消えない。
はじめて彼の家に行った日。そして、はじめて彼に抱きしめられた日。いや、正確には、抱きしめようとしてくれた日。
脳内で非情なカウントアップがはじまり、わたしは彼を拒絶した。彼の寂しそうな顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
ごめんなさい。
小さく呟いたわたしの言葉は、落胆する彼の心を、さらに深くえぐったに違いない。
「へぇ。なんか才能に溢れた部屋だね」
彼の部屋に招かれたわたしは、ワンルームの中に敷き詰められた品々を眺めた。
「自分でもちょっと困ってるんだよ。無駄に趣味が多いからね」彼は照れながら言った。
天井近くまである大きな本棚は、漫画や小説で埋め尽くされていた。色とりどりの背表紙は、見ているだけで爽快だった。他にも、ギターや小型の電子ピアノ、大きなモニタとパソコン、見たことのない電子機器がズラリと並んでいた。これといった趣味を持たないわたしの殺風景な部屋とは別世界だった。
人生ではじめてできた彼氏。コンビニのアルバイトで一緒だった彼とは、プライベートでも遊ぶようになり、気がつけば手をつないで歩く仲になっていた。
そしてわたしは、彼の部屋に招かれた。
異性の部屋になど足を踏み入れたことのないわたしは、その日の朝の目覚めから、すでに緊張を隠せないでいた。
「ミサキって、漫画とか読んだりする?」
「う~ん。子供の頃は少女漫画とか読んでたけど――最近はあんまり読んでない、かな」
沈黙ばかりが目立つ空間。なんとかそれを埋めようと、不器用な会話がポツリポツリ。普段は沈黙などない二人なのに、わたしの緊張が彼に伝わってしまっているのか、それとも、彼自身も緊張しているのか、いつもとは別人のふたりがそこにいた。
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