Memory of the Memory

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 聖人がいる土日は聖人とゆったりと過ごした。二階を探っているとは思われたくなかったし、下手に動いてあの部屋の鍵を無理やり開けたなどと知られたら面倒だ。聖人はもしかしたら何も知らないのかもしれないが、一度疑いを持ってしまうと話すことが出来なかった。幸いそれまでも聖人とずっと一緒にいる生活をしていたので、不審には思われなかった。  そして月曜日。聖人は今日は午後一の講義があるらしく、遅めの朝食をブランチだと言って慌ただしく出ていった。帰りは夕方になるという。  智洋は片付けを済ませると、二階へ上がってきた。鍵を開けたまま放置していたドアは、まるで智洋を拒絶するように聳え立っている。智洋はドクドクと嫌な鼓動を響かせる心臓を無視して、ドアノブを握った。  ――カチャ 「…………?」  扉はやたらと重く、室内は真っ暗だった。随分性能のいい遮光カーテンがびっちりと閉まっている。智洋は手探りで電気を探したが、電球は切れていた。仕方なくスマホのライトをつけると、そこには想像の範囲を超えた光景が広がっていた。 「なんだ……これ……?」  その部屋の大部分は、大きなベッドだった。ビデオや三脚、デスクトップパソコンもある。ベッドの四隅には手錠がかけられていて、四肢を拘束できるようになっている。手錠は買い直したのか、一つだけ綺麗だった。サイドテーブルの上にはバラ鞭まで置いてあった。  そのテーブルのランプをダメ元でつけてみると、案外明るい電球が未だ活きていた。 「父の趣味か……?」  バラ鞭を手にとって見ると、随分使い込まれていることがわかる。父か、あるいは母がそういう趣味だったのだろうか。  ベッドの下には、よくある衣装ケースが入っていた。引っ張り出してみると半透明で、中に何が入っているのかなんとなくわかってしまい、智洋は顔を顰めた。  中身は、大量の玩具だった。 「……すごいな、どうやって使うんだ」  メジャーなものからかなりマニアックなものまであり、平々凡々な趣向しか持たない智洋には用途不明のものまである。ローションも半分以上減っていて、新しいもののストックまであった。どれもかなり日常的に使っていたのだろう。  智洋は眉根を寄せてランプを消し、部屋を後にした。 「……変な趣味が遺伝しなくて助かった」  智洋には父母のことを覚えていないのが幸いだった。親とはいえどこの誰かもわからない、知らない世界の偏った性癖を知らされた気分だった。それでも気分のいいものではない。正直吐きそうだった。  キッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲み干す。すると、一気に入れすぎたのか喉元をせり上がってくるものがあり、智洋は慌ててトイレに駆け込んだ。飲んだ水を、そのまま吐き戻してしまった。 「……ゲホッ……は、くそ……」  頭がガンガンする。吐くものはもうないのに、まだ胃の中がぐるぐると回っているような気がした。  智洋は覚束ない足取りで自室へ戻り、ソファに身を投げだした。ベッドまであとほんの数歩。その数歩が途轍もなく遠い。もう立ち上がれない。このまま眠ってしまいたかった。  思春期でもないのに、刺激が強すぎたのだろうか。それとも心の奥底で智洋が拒絶しているのだろうか。わからない、考えるのももう億劫だった。考えれば考えるほど泥沼のように抜け出せなくなるだろう。  智洋はそのまま目を瞑り、無理矢理にでも意識を手放そうと無意味に数を数えた。しかし結局、数が五百を越えても眠るどころか苛立ちが募るばかりで、諦めて大きくため息をついた瞬間、緊張の糸が切れたようにやっと意識を手放した。
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