Memory of the Memory

15/22
前へ
/22ページ
次へ
 浅い眠りの中、ガタガタと物音がした気がしてゆっくりと智洋は意識を取り戻した。いつの間にかタオルケットがかけられている。立ち上がろうとすると頭が痛み、思わず顔を顰めて、智洋は必要以上にゆっくり慎重に立ち上がった。立ちくらみがした。 「聖人……?」  物音はキッチンの方からだ。足元が覚束ない。熱でもあるのだろうか。智洋はフラフラと危うい足取りでキッチンへ向かった。 「智くん?起きたの?」  そこでは聖人が一人夕食の支度を始めたところだった。大学に持っていった鞄が放ったらかしにされている。時刻を見れば間もなく七時になろうとしていた。 「電車止まってさ、遅くなっちゃった。ごめんね、今簡単になにか作るから……」  聖人の声がなんだか遠く感じた。それでいてガンガンと耳の奥と頭に響いてくる。智洋は堪らずダイニングチェアに倒れ込むように座り、こめかみをほぐした。 「智くん?どうしたの、顔真っ赤だよ!ちょっと、体温計どこだっけ、えっと」  聖人はあたふたとあちこちの引き出しを開けたり締めたりして、漸く体温計を引っ張り出してきた。半ば無理矢理それを脇に差し込まれ、その結果を見た聖人の方が真っ青になった。 「く、九度三分……!?え、どうしよ病院……!」  普段なかなか見ないような数値を目の当たりにした聖人はすっかり動揺して、いっそ面白いくらいだった。智洋が片手を上げて聖人を呼ぶと、心配そうに眉尻を下げて顔を覗き込んでくる。どうしたの、と言いかけた聖人を無視してその頭をポンポンと撫でてやると、今度は真っ赤になって勢いよく智洋から離れた。 「……風邪じゃなさそうだから、寝てれば治るよ」  鼻水が出るわけでもなく喉が痛いわけでもない。咳も出ないし腹を壊したわけでもない。智洋はなんとなく原因が分かっていたから軽い気持ちでそう言ったが、聖人はあまり納得していないようで、渋い顔をしていた。 「おじやとかなら食べれそう?解熱剤あったかな……」  聖人は再び立ち上がって引き出しの中を漁り始める。智洋はそれを見ながら、大きく溜息をついた。  情けない。きっと昼間に見た光景がショックだったのだろう。そんなに純情なつもりもなかったが、まだまだお子様だったというわけだ。もちろん、聖人には言えないが。この高熱は、これ以上深入りするなという警告のように感じた。言われなくても二度とあの部屋に行くつもりはない。お子様と言われようと意気地なしと言われようと―誰にもそんなことは言われていないが―あんな世界を垣間見るのはもう御免だった。 「聖人、俺寝ててもいいかな」 「もちろん、ごめん解熱剤無さそうなんだ…買ってくるよ」 「いや、明日になっても下がらなかったら自分で行くよ」 「ダメ!智くん大怪我したばっかりなんだよ、本当は病院行ってほしいくらいなんだよ!今から行って来るから、なんか軽く食べて薬飲んで寝るんだよ!」  退院してきたのももう一ヶ月以上前だというのに、聖人は心配性だ。智洋はその心配を暖かく受け取りながら、リビングを後にする。先程寝こけていたソファに置きっぱなしだったタオルケットをベッドに投げ、どっかりと座った。頭痛がひどい。しかしさっきまで寝ていたせいか、眠気はない。  ふと視線を上げると、テーブルの上に古い本が二冊乱雑に置かれていた。書斎から持ってきた本だった。智洋はなんとなく手を伸ばし、それを手に取る。今も昔もよくありそうなビジネス書だ。しかし、表紙をめくって智洋は愕然とした。 「……え!?」  それはビジネス書などではなかった。一枚めくったそこにはDiaryと書いてある。中身をパラパラと確認すると、手書きの、誰かの日記だった。慌ててカバーを外してみると、カバーだけがビジネス書で、中身はすり替えられたものだ。もう一冊を確認すると、そちらはカバーと中身が一致している。偶々、本当に偶然引き出した本が誰かの日記だなんて、そんなことがあるだろうか。 「……聖人の字……じゃ、ないよな」  きっちりとした、少し縦長の字は女性の字に見える。日記の古さから見ても、母のものと見て間違いなさそうだ。  智洋はそれをベッドに持ち込んだ。聖人がすぐに帰ってくるだろうから今から読むのは危険だ。しかし、テーブルの上にあったら聖人がなにかの拍子に見てしまうかもしれない。自分で抱え込んでおきたかった。  まるで脳内に心臓があるかのように、ドクンドクンと鼓動がしていた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

187人が本棚に入れています
本棚に追加