Memory of the Memory

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 広いリビングを通り抜け重厚な玄関ドアを開けると、広い庭がある。智洋にはなんの木かわからないようなものが綺麗に並んでおり、その一角に聖人が大切にしているカシスの木がある。今はもう葉をつけるばかりのそれは、寂しげに風に揺れていた。その麓には二人で世話した作物たちが元気に育っていた。枝豆はもう収穫できるだろう。この前植えた茄子はそろそろ芽が出るだろうか。枝豆を二人でつまみ、茄子の成長を一緒に見守ることが、果たして出来るだろうか。  ザワザワと全身の血が騒ぐ。頭がガンガン痛む。この先にあるものを知ってはいけないと警告するように。  それでも智洋は歩みを止めなかった。真っ直ぐに離れに向かうと、そこは同じ敷地の建物なのかというほどに古びている。壁には苔が生え蔦が這い、木々が鬱蒼と生い茂って日光を遮っている。足元に名も知らない雑草が纏わりついて小さな傷ができていた。 ――今ならまだ、引き返せる。  智洋はドアノブを捻ろうとして、止まった。  今ならまだ間に合う。このまま引き返し、何も知らないふりをして今までどおりの生活を送ることができる。聖人と二人、どこか現実離れしたこの洋館で甘く慎ましやかな生活を楽しむこともできる。枝豆を収穫して塩茹でして、酒の肴にして甘い夜を過ごし、また新しく芽吹く茄子や他の植物の成長を見守る。幸せじゃないか。 ――だけど、もう引き返せない。  智洋は手を伸ばし、ドアノブを握った。  だけどもう戻れない。聖人を弟だと知ってしまった。何も知らない頃には戻れない。今まで通り何も知らない覚えていないように振る舞うことはきっと出来ないだろう。  智洋は意を決して、ドアを開けた。  そこは、ちょっとした単身用の家だった。ミニキッチンやユニットバスまでついている。電気は点かない。そもそも電球が入っていなかった。  智洋はぐるりと中を見渡した。雪崩が起きるどころか家電の一つもない。一体この離れがなんの用途で作られたのかさえわからない程だ。智洋はガックリと肩を落とし、溜息をついた。 ――嘘だったのか、それとも知らなかったのか。    知らなかったのだと思いたい。けれど聖人が弟でありこの館で共に育ったのならば、知らなかったとは考えにくい。つまり聖人は全てを忘れた智洋に嘘を教え、二階やこの場所に行かないよう仕向けたのだ。  ゆっくりと室内を歩いてみる。ほんの数秒で一周できてしまうような広さのそこに、智洋に関係しそうなものは、何もない。わざわざ嘘を教えてまで遠ざけた場所だ。何かあるはずだ。  もう一度足を踏み出そうとしたその時、ふと目に入ってしまった。  窓が、ほんの一センチ程度開いている。そこから入り込む一本のコード。古い建物の中で、そのコードだけはまだ明らかに新しい。それはなんの変哲もない二口コンセントに繋がっていた。  智洋は離れの外に出て、コードの行方を追った。離れのちょうど裏手側の地面に、コードは埋まっている。様々な雑草が好き放題伸びる周辺と違い、裏手だけは最近一度整えたように雑草が少ない。  ドクンと脈打つ。この下に何かある。そう直感した智洋は、一度引き返した。聖人との土いじりで使っているスコップを持って戻ってくる。自然と荒くなる息を飲み込み、呼吸を整えて、ゆっくり、ゆっくりとそこを掘り始めた。  「…………!」  こつん、と硬いものに触れるのはすぐだった。土を退けてみると、白く平らな、何か大きなものが埋まっている。なるべく傷付けないよう、全容を明かすべく丁寧に丁寧に土を退けていく。  それは大きな箱だった。離れから電気を繋がれ、ウィーンウィーンと独特の音を立てている。  智洋はゴクリと生唾を飲み込んだ。恐る恐る手を伸ばし、その箱を、開けた。  ぶわりと白い煙が舞い上がる。それと同時に強烈な冷気が辺りに充満し、智洋は思わず顔を反らした。  少しすると、煙は霧散した。冷気は漂ったままだ。Tシャツの袖から伸びる剥き出しの腕が鳥肌を立てる。恐る恐る目を開ける。改めて、箱の中を覗き込む。 「ひッ…………!?」  白髪混じりの、壮年の男性。  おかしな方向に首の曲がったその男性は、智洋の、そして聖人の父親だった。
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