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その日、智洋は遅くまで大学に残っていた。珍しいことではないが、課題が多く慢性的な寝不足状態に陥っていた智洋は、家に帰ってきて風呂でうたた寝をし、随分な長風呂になってしまった。逆上せて覚束ない足取りで冷蔵庫の水を飲む。身体に水分が行き渡ると脳がスッキリして、感覚が戻ってきた。
明日も大学がある。早く寝ようと自室に向かうところだった。不意に二階から、扉が閉まる音が聞こえたのは。
二階には、父の書斎と母の部屋、いくつかの客間、そして両親の寝室がある。しかし、母が亡くなってから二階は掃除が行き渡らずほとんど使われていなかった。こんな深夜に、一体誰が。
智洋はゆっくりと二階への階段を登る。父がなにか探しものでもしているのかもしれない。明日も仕事のはずだ。手伝ってやろう。そんな心持ちだった。
二階に上がったのは随分久しぶりだった。埃が溜まっている。たまには掃除機くらいかけるか、と眉根を寄せたその時だった。
「――――ッ!〜〜〜……」
「……い!――――……」
微かに聞こえる、声。両親の寝室からだった。
智洋は両親の寝室に入ったことがなかった。子供は入ってはいけないと小さいときからキツく言われていて、いつしかそこは智洋の中で「ないもの」として認識されていた部屋だ。
智洋は恐る恐るドアノブに手を掛けた。この部屋だけに施された防音設備のせいで、酷く重いドアだ。生半可な力ではびくともしない。そうしている間も、中から声が聞こえてくる。争うような、悲鳴にも聞こえるそれは、明らかに尋常ではなかった。
智洋はゴクリと生唾を飲み、ドアを、開けた。
「いやッ……!も、やめ、ッあ、許して……っ!やっ!――あああああッ!」
悲鳴の主は、聖人だった。
生まれたままの姿を晒し、両腕を拘束された聖人が泣きながら悲鳴をあげている。両乳首に小さなピンク色のローターを付け、大きく足を開いたその中心で聖人の尻を犯す異物が卑猥に蠢いていた。聖人のものは根本から戒められ、パンパンに膨れ上がって涙を溢している。
パソコンの前に立っていた父が、ゆっくりと振り返る。
「……駄目じゃないか智洋。この部屋に入ってきたら」
父は薄っすら笑みを浮かべ、驚くほど冷たい目で、そして静かに言った。
「なに、して……?聖人、聖人ッ!」
智洋は未だ悲鳴を上げ続ける聖人に駆け寄った。どこからどうしてやればいいのかもわからない。とりあえず両腕を開放してやると、聖人は懸命に自身を戒めるリングを外そうとする。見たこともないそれに四苦八苦しながらやっと外してやると、聖人は全身を痙攣させながら射精し、そのまま失禁した。ぐったりと凭れた細い体に突き刺さるバイブとローターを外す。聖人はビクビクと反応を示し、か細い喘ぎを漏らしてまた射精した。スイッチが入ったままのそれはベッドの上で動き続けている。
「聖人、風呂に入ろう?歩けるか?」
「智くん、……だめ、見ないで……いや……」
智洋は朦朧としている聖人を抱き上げる。聖人の身体は精液と尿、そしてローションだろうか、ぬめりを帯びた液体でどろどろで、顔は涙と涎でぐちゃぐちゃだった。呑気にパソコンをいじっている父をギロリと睨んで、急いで風呂場に駆け込んだ。聖人の精液と尿で汚れた服を洗濯機に投げ入れて適当なスウェットを身につけると、シャワーに打たれている聖人に声をかける。
「聖人、……独りで、抱え込むなよ」
返事は無かった。我ながら陳腐な言葉だと思ったが、正直なんと声をかけていいのか、わからなかった。だけどこのまま放っておいたら、聖人が消えてしまうような気がして、結局そんなありきたりで安い言葉をかけてやることしか出来なかった。
これまで感じたこともないような怒りと悲しみ、そして絶望が腹の中で煮え繰り返り、目の前が真っ暗になる。智洋は歯を食いしばって、風呂場を後にした。
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