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風呂場から出ると、ちょうど父が二階から降りてくるところだった。智洋はカッと頭に血が上り、階段を駆け上がって父に掴みかかった。
「なんだよあれ……!?どういうことだよ!いつから、なんで!!」
父は悪びれる素振りも見せずに答えた。
「あれが中学に入った頃かな、母親に似て美しく育った」
「……ふざけんな……母さんを裏切ってまで愛し合った女なんだろ!?母さんも聖人も、その女まで裏切ってるのがわかんねぇのかよ!?」
「愛……お前からそんな言葉を聞く日が来るとはな……ふ、そうだな愛していた。なんでもさせてくれたしな。お前の母親はプライドばかり高くてよくなかったよ」
父は笑っていた。可笑しそうに、馬鹿にしたような、当然だと言わんばかりの、なんとも侮蔑に満ちた笑みを。
「そうだな、難を言えば男だったことだが……こればっかりは運だしな。まぁ孕む心配がないと言えば正解か。まさか我が子を孕ませるわけにはいくまい」
「貴様ッ……!」
「なんだ、お前も同類だろうが」
智洋は冷水を浴びたようにスッと熱が引いた。そんな智洋を見て、父はまた嗤った。
「私が気付いていないとでも思ったか?馬鹿め。お前はもっと早くからアレに目をつけていただろう。それこそ、私がアレを連れてきてすぐに」
聖人と出会った頃のことを思い出す。
聖人と出会ってすぐ、聖人に魅入られた。人形のように美しく、花のように可憐に微笑む聖人を、いつも自分の隣に置きたがった。
「中学に入った頃、聖人に添い寝を拒否されてショックだったか?それとも安心したか?夜な夜な自慰に耽ってはシーツを洗っていたな」
聖人に触れたいと、そう思った。兄弟で、男同士で、叶わぬ夢と自分を慰めた。自分はおかしいのかと悩み、枕を濡らして眠りについた。
「毎度毎度女に振られるのも、聖人を重ねていたからだろう?」
「黙れ……」
どんな女性と付き合っても長く続かなかった。聖人の笑顔を想い、聖人の痴態を浮かべ、心の中で聖人の名を呼んだ。
「教えてやろう、聖人も私に抱かれながらお前の名を呼んでいたよ。智洋には知らせてくれるなと泣きながら、お前の名を呼んで私のものを咥えこんでいた。く……はは、ハハハハハッ!よかったな智洋、お前たちは両想いだ!」
「黙れッ!!」
智洋は拳を握った。爪が食い込んで肌を突き破るほど力を込めたそれを振り上げた。父の頬に拳がめり込む。父はバランスを崩し、階段を踏み外した。
地獄に堕ちろ、と思った。
父が手を伸ばす。智洋の服の裾を掴み、引っ張る。重力に従って父の身体が階段を転げ落ちる。智洋の身体も、落ちていく。すべての景色がゆっくりと流れるようだった。
何かが折れたような音がした。なんの音かはわからなかった。階段の手摺越しに、驚愕に目を見開く聖人を見た、気がした。
――――目が覚めたら、そこは病室だった。何もかも、自分の名前すらも忘れて。
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