第陸拾弐話 遠き春

1/5
前へ
/56ページ
次へ

第陸拾弐話 遠き春

「ここで間違いないか・・・」 林の中にポツンと佇む茅葺(かやぶき)屋根のボロ屋を見据えながら、少女は呟いた。 どうやらアタリを見つけたらしい。 丸半日森の中を探しまくっていた攻がようやく成してホッと胸を撫で下ろした。 「ごめんね。こんなところまで連れ回しちゃって・・・」 シュンとした顔を見せながら、少女は自分の後ろに控えている彼女よりも歳が十は離れているであろうもう一人の女の子に謝った。 女の子は何も言わず、ただ首をブンブンと横に振り続けた。 この女の子が、彼女にとっての今回の仕事のだ。 この小さな依頼主が少女の許を尋ねてきたのは、昨夜のことである。 その夜、久しぶりに仕事が入ってなかったので少女は宿舎でまったりと過ごしていた。 その最中に、この幼い女の子が両手いっぱいの小銭、おそらく彼女が今まで貯めていた小遣いを持って仕事を頼みにきた。 内容は、「いなくなってしまった姉を探してほしい。」というもの。 聞くところによると、一週間前に女の子は姉と一緒に街に買い出しに出ていたのだが、車道に飛び出し荷馬車に轢かれそうになった自分を庇って姉が大けがを負ってしまったというのだ。 女の子の姉は直ちに病院に運ばれ、医者の治療を受けたのだが、治療の甲斐なく、亡くなってしまった。 女の子は悲しみにくれたが、彼女たちが病室を一旦離れている間に、不可解なことが起こった。 姉の遺体が、病室から忽然と消えていたのだ。 懸命の捜索も空しく、遺体は見つからなかったのだが、その次の日に今度は姉を轢いた荷馬車の持ち主の男が住居から消えてしまったのだ。 彼の部屋には、おびただしい量の血痕が飛び散っており、明らかに何者かによって痛めつけられて連れ去られたようだった。 女の子はその時、「消えてしまった姉の仕業じゃないか・・・」と直感的に思ったが、誰も取り合ってはくれなかった。 そんな中、少女が請け負う「仕事」の噂を聞きつけ、藁にもすがる思いで頼みにきた、ということだ。 「死者が生き返って、自分を殺した男を連れ去った。」なんて荒唐無稽な話、誰も信じないだろう。 でもこの少女は、すんなりと受け入れた。 何故なら、彼女が普段相手にしているのは、そういった死人たちに他ならないのだから・・・
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加