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第陸拾肆話 勇女の願い
朝霜に包まれた竹林の中で一人の少女が弓に矢をつがえた。
直前まで林の中を駈けていたので、彼女の息は上がっており、口から白い吐息が漏れるのを、少女は必死に堪えていた。
何故なら、彼女が今相手にしている者は恐ろしいほど勘が鋭く、ほんの僅かな息遣いだけで自分が何処にいるのか手に取るように分かってしまうほどの強者だった。
ガサッ・・・
後ろの方から笹薮が揺れる音がして、少女は驚いて矢を向けた。
だがそこには、何もいない。
胸を撫で下ろし、「ホッ・・・」と小さく短いため息を少女は口から吐いた。
『気を緩ませるのが早いぞ、カノ。』
緊張の糸を解いた彼女に注意を促す声が突然聞こえ、少女は辺りに矢を振った。
でも動きがあまりに遅すぎた。
声は動揺する少女の真上から発せられていた。
少女は頭上から突如舞い降りてきた影に足を蹴られ、尻餅をつきながら地面に倒された。
パッと少女が正面を向くと、自分に向けて剣の切っ先が冷徹に向けられていた。
「勝負あり」
それは誰の目から見ても一目瞭然だった。
ところが、剣を持つ者は少女に対してトドメを刺そうとしない。
そればかりか、刃を柄に引っ込めるとそれを収め、地面に座り込む少女に手を差し出してきた。
『我が兄ではなかったらお前はすでに死んでおるぞ。』
「・・・面目ありません。兄上・・・」
シュンとへこんだ顔をしながら、妹は差し出された兄の手を握りゆっくり立ち上がった。
◇◇◇
朝日が空に昇りきり、竹林が強い陽光と山鳥のけたたましいさえずりに包まれる中、先ほどの修練を終えた兄妹は休憩のために建てられた茅葺屋根の小屋で囲炉裏を囲みながら茶を飲んでいた。
『しかし、珍しく実家に帰ってきたお前がいきなり"鍛錬に付き合ってほしい"と言い出すから驚いたぞ。』
『ズズ・・・』と湯呑に入った茶を啜りながら、兄は突然の妹・カノの訪問について言及した。
「すみません。しかし、そうでもしないと私の気が休まれなかったもので・・・」
カノは少し萎縮しながら、何の前触れもなく修練の相手を申し込んだ自分の態度を詫びた。
『何か、あったのか?』
兄が問いただすと、カノは今回の里帰りの理由をゆっくりと語り始めた。
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