第陸拾弐話 遠き春

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「ここから先は危ないから、あなたはここで待っててね。」 依頼主が「ついて行く」と言った時、少女は全く気乗りしなかった。 は、例え身内であっても己の衝動に身を任せて殺しにかかる、とてつもなく恐ろしい存在だからだ。 下手をやらかせば、依頼主の命の保障ができないので少女は必死に止めたが、頑として言うことを聞こうとしなかったので、対象が棲み処にしているところまでの同行は許可することにした。 しかし依頼主は、少女が待っているように言っているのに、尚も先について行こうとしていた。 「お願い!!わたしもいっしょにつれてって!わたし、絶対におねえちゃんを見つけてやりたいのッッッ!!!」 姉を探し出してやりたいという彼女の想いは、この少女が痛いほど理解していた。 彼女も数カ月前まで、同じ境遇に立っていたのだから・・・ でもこの先を行けば、無事に帰ってくることはできないだろう。 泣き喚く女の子の肩を両手でグッと持ち、少女は彼女の目を見据えて言った。 「ここは私に任せて!必ずあなたのお姉さんをみせるから。」 目の前の少女の強い眼差しを分かったのか、女の子は深くコクンと頷いて全てを彼女に任せることにした。 少女はニコッと笑い、踵を返してゆっくりとボロ屋に歩いて行った。 戸をガラッと開け、中に入るとツンとした厭な臭いが彼女の鼻を突いた。 それは、まるで酸っぱっぽい臭い・・・ 少女は顔を強張らせて、家の奥へと進んだ。 やがて臭いが最も漂う部屋を見つけ、その扉をガラッ!!と勢いよく開け放つと、飛び込んだのは世にもおぞましい光景だった。 病院の寝間着に身を包んだ自分とい同い年ほどの少女が、ハエが飛び交う部屋で腐りきった男の胴体に何度も何度もメスを突き刺している。 その肌は透き通るほど青白く、瞳は鮮やかな瑠璃色に染まりきっていた。 やがて少女の存在に気付いたらしく、女の化け物は首をゴキンと鳴らして彼女の方を笑みを浮かべながら振り返った。
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