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「だからお願い、私が復讐心に駆られて例の屍神を殺したことはどうか黙っててほしいの。あなたの口からアイツは逃げたってユウに伝えてほしいの。お願い・・・」
セツの切実な懇願に、カノは言葉が出なかった。
しかし、彼女は安心もしていた。
一見すると険悪な雰囲気になっていたように見えたが、それが単なる杞憂であったと分かったから。
セツは本当は誰よりもユウを好いていたのだ。
だからセツは、自分にとってかけがえのない存在であるユウの信条を踏みつけにする行いはしたくなかったが、そうしないといつまで時が過ぎようが、自分を受け入れてくれたあの夫婦が浮かばれることなどできない。
セツ自身もまた、ユウと同じく対極の感情に挟まれ心の奥で深く苦しんでいたのだった。
「セツ殿、ならばユウ殿の想いに応え・・・」
「うあああああああああああああああああ!!!」
突然辺りに響き渡った男の悲鳴に、カノの言葉は遮られた。
「いっ、今のは・・・」
叫び声にカノが驚くのをよそに、セツは天高く跳び上がりレンガ造りの民家の屋根を駆けて行った。
「せっ、セツ殿ッッッ!!」
家々の屋根を走るセツを見上げながら、カノは彼女の後を追った。
(さっきの悲鳴といい、この匂い、間違いない!)
ほのかに鼻につく鉄と花の香りが混じった匂いを頼りに悲鳴が聞こえた場所へと向かった。
◇◇◇
「ひぃ!!なっ、何なんだよお前!?」
肩の傷を押さえながら、男は突然襲い掛かってきた女怪を見合った。
見たところ帰路につく商人であろうか。
左腕につけられた切り傷からは小さな花々が咲き立っており、その花弁が傷口を押さえる男の手から顔を覗かせている。
『そんなにビクビクしないでよ。そのきったない身体をキレイな花でいっぱいにしてあげるからさぁ。』
「やっ、やめろ・・・」
あまりの恐怖に失禁しながら後ずさりする男に、女は歯を剥いて笑いながらハサミを突き立てようとしたその時・・・
付近の家の屋根から女めがけて拳を叩きつけようとした影が見えたので、女は咄嗟に後ろに回避した。
ドンッッッ!!!
凄まじい音とともに地面が砕け、砂埃が周囲を包み込んだ。
『ケホ、ケホ・・・何よ?突然・・・』
舞い散る砂埃が口に入り咳き込む女であったが、徐々に晴れていく視界に飛び込んだ姿を見た瞬間、しかめっ面が紅潮した不気味な笑みへと変わった。
『へへへ。やっと来たぁ。アタシの復讐相手ぇ~♪』
女が見つめるその先では、右の拳を地面に叩きつけ、腕から骨が飛び出したまま、セツが殺意に満ち満ちた眼で女を睨みつけていた。
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