第陸拾弐話 遠き春

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真っ直ぐな目をして言い放つ少女に、女は歯をギリギリと鳴らして怒りに震えた。 「アンタの救いなんかいらない。だってあたし、最高に幸せなんだからさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 メスを振り上げ、女は何度も少女を斬りつけようとしたが、彼女は向かってくる全ての切っ先を剣で捌き切っていた。 やがて女の表情に焦りが見え始め、攻撃が乱れてきたのを少女は見逃さなかった。 剣をメスを持つ方の手に叩き込み、その瞬間、銀色に鈍く光るメスが宙を舞った。 女は一旦、少女から間合いを取って自分が明らかに劣勢に立っていることを思い知らされた。 (クソ!一体どうしたらいいのよ?) 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる女に、少女は剣を握りしめジリジリと距離を詰め始めた。 しかし突然、部屋の戸が勢いよく開いて、小さな女の子が入って来た。 少女がその女の子に気を取られた隙に、女はメスを拾ってその子を人質に取った。 「近づいたらコイツを殺す。それがイヤなら、さっさと剣を捨てろ。」 少女は歯がゆい思いをしながら剣をカランと床に捨てた。 「ありがと。じゃ、コイツにもう用はないよね。」 女はフッと笑って、メスを女の子の首んび突き刺そうとした。 その時だった。 「おねえちゃん、やめて・・・」 女の子が、か細い声でそう言うと首を突き刺そうとしたメスが寸でのところで止まった。 「はぁ?何言ってんの。アンタがあたしの妹なワ、ケ・・・」 女の呼吸が段々と荒くなってきて、今まで思い出せずにいたことを思い出そうとしていた。 生前の自分には大切な「誰か」がいた。 でもどういうことか、まるで墨で塗りつぶされたように、どんな顔をしていたか全く思い出すことができなかった。 でもその顔、その声を聞いて、ようやく思い出した。 そう、コイツは・・・ は・・・ 私の、いもう・・・ 女は人質の女の子を突き飛ばし、息を荒げながらその場にへたり込んだ。 その直後、少女は剣を再び握り、床にしゃがみ込んだ女の心臓を斬り払った。
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