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第漆拾話 両の面影
セツの身体を抱擁するユウの手は小刻みに震えていた。
それは後一歩のところで自分の愛する者が復讐に囚われ、その手を血で汚してしまうところだったと思うことへの恐怖心と、それをギリギリのところで防ぐことができたことへの堪らない安心感が入り混じっての故だった。
「ユウ、あなた、どうして・・・」
ユウに抱きかかえられたセツは彼女に対して怒りにも似た感情を抱いていた。
自分のこんな、醜い姿なんて、見られたくなかった。
そのために、わざわざ無理にも別行動をとったのに、それを全部無駄にされた・・・
どうして私なんかを、追いかけてきたの。
『ウウ・・・アア・・・』
セツが頭をもたげると、目の前の屍神が喉元を押さえて自分から必死に逃げようとするのが目に留まった。
そんなことは絶対にさせない。
ヤツは何としてでもこの場で仕留めないとッッ!!
そう心に決めたセツは、身体を埋め尽くす花に精気をほぼ吸い尽くされ力が入らなくなりながらも、這いつくばって仇敵の息の根を止めようと動いた。
ところがセツの身体はまるで石に固められたと思うほどに一向に前に進まない。
ユウがセツの身体をしっかり掴んで決して離そうとしないからだ。
その見るからに華奢な手足にどこにそんな力があったのかと驚いてしまうほどに、セツを抱き上げるユウの腕は一切ほどけようとはしなかった。
「離して、ユウ!こいつは、こいつだけは・・・!!」
セツも負けじとユウの腕を振りほどくために、今ある全ての力を胴体に集中させた。
「イヤだ。絶対に、絶対に、行かせないッ!」
「いいから離して!コイツは私の大切な人達を殺したの。私は、あの人達のために、コイツを絶対に、殺さなくちゃいけないのッッ!!」
「そんなの間違ってるよッ!今セツお姉ちゃんがこの人を殺してもちっともその人達のためにならないよ。ただセツお姉ちゃんの心の傷が増えるだけだよッッッ!!!」
「いつまでそんな甘っちょろいこと言ってるの!?本当にアンタは聞き分けがないんだからッ!」
「セツお姉ちゃんの方こそ分からず屋でしょ!?いい加減私の言うこと聞いてよ!!」
「いいから早く離せ!!」
「イヤって言ってるでしょッッッッ!!!!そんなに復讐がしたかったら・・・私を殺してから行って!」
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