第漆拾話 両の面影

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あの夜、アタシとは獲物を求めて山の麓にある小さな町に出ていた。 アタシ達はいつもと同じようにどの人間に、どのような花を生けてやろうかと楽しく駄弁っていた。 この頃より、アタシには生きた人間だった記憶はほぼ残っておらず、頭の中には一緒に屍神になった友達のシトと人間を殺してその死体にどのような花を生けて楽しもうか、そんなことしかなかった。 アタシにとって、シトは本当に気の合う友達で彼女と人間を殺すことが本当に愉しかった。 シトの方も、アタシと同じ気持ちであるみたいだったからそれがアタシを更に喜ばせた。 アタシは、こんな夜がいつまでも続けばいいのにと思っていた。 ところが、どうやらそれは許されないみたいだった。 アタシ達が獲物となる人間を品定めしている最中に、一人の人間が目の前に現れた。 それは髪を結って口元に短い髭を生やし、透き通るような翠色の瞳を持った若い男だった。 『生憎だが、今夜で生け花教室は終わりだぜ。ご婦人方。』 男はカッコつけたようにアタシ達にそう言った。 『あなた誰?邪魔だからそこをどいてくれないかしら?』 シトが不機嫌そうに言ったが、男は全く気にする素振りをみせなかった。 『そうは言っても、こちとら仕事で来てるもんでな。アンタたちにはここで往生してもらおうか。』 そう高らかに宣言して、男は懐から剣の柄を取り出すとそこに収まっていた刃を伸ばした。 シトとアタシはその時、男の正体に勘付いた。 屍葬士。 人の身でありながらも屍神を殺す、アタシ達の天敵。 でもアタシ達は別段ビビったりしなかった。 今まで屍葬士がアタシ達の前に出てきたことはあったし、その度に返り討ちにしてきたからだ。 『残念だけどそれは無理ね♪だって今夜はアンタがアタシ達のになるんだからさぁ!!』 アタシは男の心臓にハサミを突き刺そうと彼の胸を狙って突進した。 ところがそれはできなかった。 アタシの利き腕は、ハサミの先が男の胸スレスレになった瞬間に、斬り落とされてしまったからだ。 『へ・・・?』 その目にも留まらぬ速さにアタシは一瞬何が起こったか頭が追い付かなかった。 『悪ぃけどオレには丸分かりだったぜ。がなぁ。』
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