第漆拾話 両の面影

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『アガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』 男の言葉が最後まで耳に入る前にアタシは利き腕に感じた激しい痛みで絶叫した。 『!!!』 シトがアタシの名前を叫んだ後、アタシを助けるため、アタシに代わって男を殺そうと向かってきた。 男はそれを難なく横に避けたが、シトはハサミを握ったままのアタシの腕を拾い上げると男の腹に突き刺そうとした。 ところが男は剣を下にしてそれを防いだ。 アタシには奴が、シトがその動きを見せるのが前もって分かっているように感じられた。 男はシトの攻撃を避ける時からすでに、腹を守りやすくするために剣を持つ腕を替えていたからだ。 “コイツは今まで殺ってきた屍葬士とは何かが違う。” 屍神としてのアタシの本能がそう叫び声をあげ、アタシはシトから腕を取り上げてそこに握られたハサミを左手に持つと男の後ろに素早く回った。 これには男も想定外だったらしく、僅かだが動きに隙が生じた。 この機会を逃すまいと思ったアタシは男の脇腹にハサミを突き立てようとした。 その時だった。 頭上に何かとてつもない気配を感じたアタシ達は男の間合いから急いで離れた。 直後、大きな地響きとともに辺りを砂埃が舞ってそれが晴れると尻餅を付く男とまるで奴を守ろうとするように女が剣を構えて立っていた。 柿渋色の髪を持ち、幼なさが残りながらも凛々しく整った目鼻立ちをした、男と同い年に見える若い女だった。 「どうやらまだ身体に穴は開いてないようだな?」 『オイ!どういうつもりだよ。俺ごとぶった斬るつもりか!?』 「助けにきてやったのにその言い草はないであろうが。貴様、後一歩で死ぬとこだったのだぞ!!」 『べっ、別にオメェの助けなんていらんかったし。アレくらい一人で切り抜けられたし!!』 「カッコつけて単騎で向かわずに最初から我と行けばこのような体たらくにならずに済んだものを・・・」 『お前には男の浪漫(ロマン)が分かんねぇんだよこの荒っぽオンナ!!』 「何だとこの大根役者オトコ!!」 憎まれ口を叩きながらも、それでいて仲睦まじい様子を見せる二人を見ながらアタシは女の方に注目した。 瞳の色は違う韓紅色だが、その一片の生気を感じさせないくらい色白の肌、そして先ほどのした動きから瞬時に分かった。 女は、屍神だった。 アタシには、その光景が異様だった。 屍神と屍葬士が連れ添って、まるでのようなやり取りを見せている。 だがそんなことはどうでもよく、アタシ達はこの二人から漂う自分たちとの実力の差に恐怖を感じ、シトからもらった腕を繋げると急いでその場から逃げた。 勿論二人は追って来たが、それでもアタシ達は必死に逃げた。 そして、どうにか二人を撒くことができた。 アタシはあの、余裕な顔して自分たちを仕留めようとしたあの二人の顔を二度と見たくないと願っていた。 そのはずだったのに、今アタシはまさに同じ恐怖に駆られている。 だって、あの二人の。アイツ等両方の面影を持った屍神殺しが、今まさに自分を仕留めようと迫っているのだから・・・
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