第漆拾弐話 桜路の行先

5/5
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
言葉のぶつけ合いに疲れ果て、月も傾き始めてきたので、一行は夜桜見物をお開きにすることにした。 「あっ、見てみんな!!ほら、あそこ・・・」 ユウが指差す方向に皆が目をやると、丸裸だとばかりに思っていた桜の枝に、一輪だけ桃色の花弁が見えた。 「おお!!これは・・・」 カノが感嘆の声を出した。 「今まで気づきませんでしたが、もうそろそろ何ですね、春。」 モナの一言に、ユウ達は少しだが確かに訪れている季節、時の移り変わりを噛み締めた。 「ほら、帰ろ。セツお姉ちゃん。」 「うん、そうね。」 ユウにおぶられたセツは、彼女の力強くて、それでいて心地よい背中の温もりを感じてそっと眠りに落ちて行った。 「何をしているのだユウ殿!」 「そうですよ!急がないと朝になってしまいますよ。」 「待ってみんな!!今行く~!!」 モナ達に急かされたユウはセツを起こさないように、なるべく静かに歩みを速めた。 かくして、新たに進むべき路を決めた屍葬士の少女は、仲間の声に導かれ、微かに春が芽吹く、月明かりに包まれた暗闇の先を振り返ることなく歩んでいくのだった。 ◇◇◇ 陽が昇りきったとある街の雑踏。 その中を歩いていたキヨカは、前から歩いてきた渡文(わたしぶみ)の男からの伝達事項を受け取り、それに目をやる。 十秒経つと、書かれた文字は外気に触れたことでかき消され、後に残った古ぼけた紙を、キヨカは丸めて街道に捨てた。 その表情は険しく、決して穏やかなものではなかった。 受け取った伝達事項は以下の通りだった。 【ヨリエ歴十六年度・下期屍葬報告会】 ・以下、特記議題アリ 不葬ノ屍葬士ト、カノ者ガツレシ屍神ノ処遇ニ関シテ 自分の弟子と、彼女の想い人にかつてない試練が迫っていることを悟り、人混みの波を進むキヨカは拳をぎりりと握り締めた。 輪邂の屍神    〜第一・五幕〜 春の訪れと新しき旅路                      〜完〜
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!