娘と和音を

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 娘の小さな指から奏でられる頼りなげなピアノの音。それでも自分で音を出す事に喜びを感じているようだ。  初めてピアノの音を聞いた時の輝く目をした娘を、幼い頃の自分と重ねた。  いつの日か、練習が苦しくて嫌いになったはずのピアノなのに、娘を見ていると不思議と楽しかった記憶が蘇っていく。大好きだった子犬のワルツを一生懸命練習して弾けるようになったこと。発表会で沢山の人に拍手を貰ったこと。それから、初めて自分に自信を持てた日のこと。  三つの音を同時に弾く難しさに苛立つ娘に、私は拍手でエールを贈る。何度も繰り返し弾くうちに音が綺麗に重なっていく。 「今の弾けてた?」   「綺麗に弾けたね!」  不安そうな顔が喜びの表情に変わった、『ド•ミ•ソ』の音は、ちょっとぎこちないけど楽しげだ。  娘が一歩前へ歩き出すきっかけになるかもしれない初めての和音。  私はそっと自分の背も押すように、娘と一緒に三つの音を重ねた。  それはとても懐かしい、わくわくする音だった。 「ママ、一緒に弾いて!」 「じゃあ、もう一回ね。せーの!」  いつまで一緒に弾けるか分からないけど、ピアノの楽しさを思い出してくれた娘に感謝を込めてもう一度エールを贈る。 「ママ、一人で弾く!」  娘にとって音楽が寄り添うものであるようにと、祈る気持ちでそっと鍵盤から指を離した。
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