切ない夜明け

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結論から言おう。
それを最後にわたしは豊との関係を切った。
彼との連絡は繋がった。
あの後、忘れ物に気付いた豊はホテルに問い合わせたという。
それから、わたしの携帯に電話をかけてよこした。
彼は何事もなかった様な物言いで、次の約束の日程をわたしに伝えようとした。
だが、わたしはもう会わないと宣言した。 奥さんの声を聞いてしまった。
それだけじゃなく、短いけれども会話もした。
わたしの苗字を告げてしまった。
今まで影の様な存在でしかなかった妻という存在を、実在する人間として認識してしまった。
おそらく、豊と会う度にあの声を思い出してしまうだろう。 あの後、豊と奥さんとの間で、そのことに関して何かやり取りがあったかも知れない。
それでもおそらく彼は何食わぬ顔で、上手く繕ってしまうのだろう。
例えば仮にそれが奥さんでなく、また別の女性だとしても同じことだ。
わたしと会っている間、どこかでずっと孤独を感じている人がいるなんてこと、これまで考えもしなかった。しかし、今はそれが頭から離れない。
わたしはそれを笑い話にして流してしまうほど、心は荒んでなかった。 あの声の持ち主、『由紀子』という名前も含めて、その存在がわたしに纏わりつく。
一度捉えられてしまった心の重石は簡単には外れてくれそうにない。
その声は、もう気軽にその道に進む気力を根こそぎわたしから持ち去ってしまった。 やはり電話など出なければ良かったのだ。
スリルを味わっているうちが華だった。
踏み込んではいけない部分に入ってしまった。
いつも夜明けと共に感じていた切なさや寂しさなど、自分勝手な感傷に過ぎなかったのだ。 道ならぬ恋の終わりを告げる鵲の鳴く声を聴いてしまったのだ。まさにゲームオーバーだ。
けれど、おそらく豊はまた別の女とゲームを始めるだろう。
わたしとのことは食べ終わった回転寿司の皿の様に積み重ねてしまうのか。 ひとつ積む毎に払う金額は増え、調子に乗って高く積み過ぎるとバランスが崩れて倒れてしまう。
そんなことも知らずに。
まるでバベルの塔みたいな遊びを、これからも続けて行くのだろう。
そう思うと急激に豊への想いが冷めてしまうのを感じて、思わず笑ってしまいそうだ。
そして、最後は結局、誰もが涙してしまうことに、いつまで経っても気が付かない。 終わり
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