赤備え

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 高遠是綱(たかとおこれつな)は決断した。  是綱には四人の子がいた。歳の並びで言えば、長男、次男、長女、三男である。  いた、というのは、今はいないからである。長男と次男は、若くして戦場(いくさば)で華々しく闘死している。  残る子は二人である。このうち三男はまだ幼く、その上に病弱であった。  是綱も決して若くはない。それに、今は大戦(おおいくさ)の只中である。次の戦場で自分が死なぬとも限らない。  故に、高遠是綱は悩み抜いた後、決断した。  戦場より屋敷に戻った是綱は、身を清めて平服に着替えると、自身の部屋にを呼んだ。 「父様。あき、参りました」 「入れ」  是綱が答えると、板戸がすっと開き、あきが音もなく入ってきた。  ただそれだけの所作に、是綱は感心する。平素の身のこなしからして、やはりあきは何かが違う。  そんな是綱の前に、あきが座して問う。 「父様、なんでございましょう」 「他でもない。そなたの元服のことじゃ」  あきの瞳が鋭く猛々しい光を帯びたことに、是綱は気づかなかった。 「そなたの元服は、7日後の正午に執り行なう。今日の戦場で皆にも告げた。戦の只中ゆえ参る者は限られるだろうが、それは致し方ないことじゃ。よいな」 「構いませぬ」  是綱の説明に、あきは手短に答え、それきり二人は沈黙する。  是綱はしばらくの間、静かな笑みを浮かべるあきを見つめていたが、ふっと視線を床に落とし、 「すまぬな」  もはや幾度目かわからぬ謝罪の言葉を告げた。 「おやめください、父様」 「うむ。しかし、すまぬ」 「そう何度も申されると、あきも覚悟が鈍ります」  至極まっとうなあきの指摘に、是綱が顔を上げた。あきの笑みは、微笑みから苦笑に変わっている。  是綱はぐっと唇を引き結び、 「すまぬな」  続けての謝罪に、あきは何も言わなかった。
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