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戦場は平野。味方は千、敵は千八百。両軍は正面からぶつかり合った。
戦が始まって一刻。数に劣る味方は、じわじわと押され始めている。
是綱率いる赤備えは最初から主戦場におらず、森の中の獣道や丘陵の陰を巧みに利用し、敵に気づかれずにその右翼、なだらかな丘の陰にたどり着いた。
その数、およそ百。今は全員が丘の斜面に伏せて身を隠し、是綱だけが稜線から顔を出し、戦況を窺っている。
「どうじゃ、あき。震えてはおらぬか?」
笑い交じりに、是清があきに聞く。
「震えてはおりません」
落ち着き払った声でありのままを告げるあき。決して強がりではなく、手指も体も震えていない。
「物怖じせぬ奴よ。儂でさえ初陣は武者震いに震えたというのに」
「心は武者震いしておりますよ」
事実、あきの心は震えていた。間近に迫る、みなとともに敵陣に飛び込み斬り捨て渡り歩くそのときを思って。
「言いおるわ。その分なら大丈夫そうだの」
是清が笑い声をあげたとき、戦況を見終えた是綱が戻り、赤備えたちを見回した。
「みな聞け。敵はここより二百歩におる。これより我らは敵の横っ腹へ斬り込み、これを縦横にかき乱す」
是綱の指示に、赤備えたちの目がぎらりと光る。
「お味方は劣勢じゃ。我らの働き如何が、お味方の勝敗を左右する。みな心せよ」
是綱の覚悟に、赤備えたちが力強く頷く。
「強くあれ。凛々しくあれ。気高くあれ。みな行くぞ」
是綱の鼓舞に。赤備えたちが応と意気込む。
「抜けぃ!」
是綱が刀を抜き、赤備えたちも獲物を繰り込む。
あきも竜胆を抜き放った。曇りなき白刃が陽の光を受けて輝く。
あきの肌が粟立ち、喉がごくりと鳴る。
「あきよ。わしの傍を離れるでないぞ」
大身槍をしごきながら是清が言う。その顔には、頼もしい笑みが浮かんでいる。
「はい。叔父御。ついてまいります」
竜胆を握りしめ、あきも笑いながら頷きを返し――
「いまぞ、かかれぃ!」
是綱の号令一下、赤備えたちが一挙に駆け出した。
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